筑波大学宣揚歌

読み

  • つくばだいがくせんようか

内容

筑波大学とその前身校で歌い継がれてきた歌。単に「宣揚歌」、「桐の葉」とも。

筑波大学は正式な学歌・校歌を持たない(「学生歌」はある)ため、体育会各部では校歌や応援歌の代わりとして歌われる。
芸サ連で聞く機会は応援団桐葉の演舞を除けば、リーダー研修会と体育会納会ぐらいである。

東京教育大出身者が教師として全国各地の学校に持ち込んだため、同じ旋律の応援歌が全国各地にある。

ちなみにやどかり祭では「筑波大学学生宣揚歌」として最後に歌われる。

以下応援団桐葉のウェブサイトより抜粋

宣揚歌の歴史
明治五年、茗渓(今の御茶ノ水)のほとりに東京師範学校として創立されて以来、東京高等師範学校、東京文理科大学、東京教育大学、そして筑波大学へと百三十余年の歴史は決して平坦なものではなかった。

特に大正八年の大学昇格運動の時には、当時の嘉納治五郎校長自ら、教授、学生らとともに先頭に立った。
その時にこの「桐の葉」の歌詞が、当時学生であった大和資雄氏によって作られた。昇格か廃校かの直後、新聞紙に筆で「桐の葉は木に朽ちんゆり、、、」と二節を一気に書き上げ、昔の応援歌の曲譜にのせて唱和し、全校に広がっていったのである。

そして東京教育大学から筑波大学に生まれ変わる時、東京教育大学最後の学長となった大山信郎教授によって三番が作られた。

「(教育大のあった)東京大塚の地の歴史はここに終わるが、茗渓の歴史の流れは新天地筑波で永遠に続いていってほしい」

そんな願いを込めた三番を加え、今も多くの学生、同窓生に歌い継がれているのである。
http://www.shihoukai.gr.jp/~endan/song/kirinoha.html

このページは書きかけです。さらなる加筆、修正を望みます。

執筆者

  • やまもも?

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Last-modified: 2006-03-21 (火) 22:58:17 (4354d)